デザインを学んだ方ならどなたでも一度は耳にするバウハウスという言葉。ドイツに1919年から1933年まで存在した造形芸術学校の名前です。詳しいことはものすごくたくさんの人が研究して書物にしていますので興味があったら図書館で探してみてください。ここでは、自分自身の中で育ってきたバウハウスという言葉に対する概念に基づいて製作した作品をご覧ください。
2005年 BAUシリーズリニューアル。箱のシリーズと、笛のシリーズを追加しましたので、ご覧ください。
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ものすごく普通に学生時代を過ごした私の場合、デザインの歴史のような授業では、部屋が暗くなってスライド上映が始まると、意識のほうも心地よくブラックアウトという事が多々ありました。そんなわけで、きっちりとバウハウスの何たるかを語る資格はまったくありません。バウハウスといえば、イスかなあ、ミースファンデルローエ、みーすふぁんでるろーえ、、、zzz.......というような、ものすごく限られたイメージから、睡眠学習状態の中でだんだんと独自の理解が始まって、それでもやはりデザイナーとしての自分の中に、このバウハウスの考え方が、かなりの共感と羨望を残したことだけは間違いありません。
やはりそのような夢うつつ状態で刷り込まれた情報の中で、強烈に自分の中に根付いたもうひとつのキーワードはアールヌーボー。この妖しい形態や色彩にも、強く引かれる自分がいました。
アールヌーボーとバウハウスをものすごく個人的に理解分析した結果、アールヌーボーは中原中也の詩のような世界で、あこがれるし、身をゆだねたい衝動にも駆られるけど、ほらほらこれが僕の骨、というように、どうも生活から切り離された世界のようで、ゆや〜ん、ゆよ〜ん、ゆやゆら〜ん、と生きていくわけには行かない世界。一方のバウハウスは高村光太郎の世界のようで、きっぱりと冬が来た、としっかりと生活を見据えながらも、そこに現れたのが智恵子であった、というロマンティックな心情も深く強烈に宿しているように思われました。かなり変な理解だと思いますけど。
デザイナーとして働き始めてからは、やっぱり生活がかかっていますから、自分のスタイルに占める領域は、高村光太郎的バウハウスの方がより強く、より広くなってきたようです。

そんなわけで、彫金作品にもこの超個人的理解によるバウハウス思考が、ほおっておいても現れてきます。こんな作品をこつこつ造っていこうというのがこのBAUシリーズです。
コンテストに出品している作品もあり、あまりこの場でお見せできるものが多くないのですが、写真をクリックしていただくと、詳細がご覧になれます。

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